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モンテディオ山形 コレオグラフィープロジェクト 2005
■プロジェクトを終えて
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第一次コレオグラフィープロジェクトは、仙台戦でのコレオをもって終了といたします。
今後は、今回の実績を元に、我こそはと手をあげた方を中心とし、第二次第三次のコレオグラフィープロジェクトが立ち上がってくれればと思ってます。
もう、俺が率先して表にでてやることもないし、口出しすることもありません。
もちろん、一番最初の言い出しっぺとして、もし望まれるならば、知的人的なお手伝いは可能な限りさせていただきます。
コレオグラフィープロジェクトの発端とは。
もともとは、去年シーズン末期にブルーブラスト主導でおこなわれたプチコレオを観た、俺を含む数人から同時発生的に「もっと凝ったことやってみたいよね」という話が持ち上がったのがきっかけでした。
話が具体的に動き始めたのは04〜05年のシーズンオフ期間中。
現在にいたるまで、今までいろいろな案が出ては消え、消えは出てを繰り返しました。
その紆余曲折も、今振り返ると随分と遠回りしたものだなと。
ここいらの話がききたければ、機会があれば、酒の席ででもお話しましょう。
消えた話の中には、第二次コレオグラフィープロジェクトが通らねばならないだろう課題もあります。
まずは、コレオに使う素材制作費の問題。
第一弾、第二弾は、サポーター個人の資金と、地元企業の全面バックアップで可能となりました。
いつまでも、こういう状況に甘んじているわけにはいきません。
「サポーターによるコレオ募金」なるものは、必ず必要になるでしょう。
それには、乗り越えなければならない壁がたくさんあります。
第一次プロジェクトではあえなく挫折しましたが、第二次第三次のプロジェクトではきっと実現させてくれて、名実ともにサポーターのチカラを結集したコレオグラフィーになってくれるとうれしい。
企画当初からですから、足掛け半年。
長いことこのプロジェクトに関わっていますが、いざ、俺はなにをしたんだろうと思うと、正直、言葉に詰まります。
俺は、紙も作ってません。
俺は、紙も配ってません。
ホントになにもしてないのかよといわれると、返す言葉もないです。
ただ俺は時に案を出し、時に横から口出しし、自分のわがままをひたすら主張しただけのような気がします。
皆さんが自主的に協力してくださり、その結果としてあのようなすばらしいコレオグラフィーが完成したのです。
確実に、俺がやった仕事だと胸張っていえるものは、スタジアムで青い紙一枚掲げたってこと、だけくらいか。
今ここをみている大部分の皆さんと一緒です。
第一弾は、とにかく不安で不安で仕方なかった。
コレオに関する、思いつく全ての事柄が。
直前あたりなんかは特にひどかった。
そーとーイライラしてましたよ。
こういうポジションに慣れてないってのもあったし。
失敗したら全部俺の責任だぁ〜 って感じで。
ンで、いざフタをあけてみると…。
結果は、皆さんご存知のとおり。
コレオグラフィーとはこういうもんだ!っていう主張するには充分すぎる完成度のものでした。
第二弾は、他のチームでもあまり類を見ない、メインスタンドも含めてのコレオグラフィーでした。
もちろん不安はありました。
ゴール裏は、ストライプを作れるだけの人員を確保できるのだろうか?
メインの人は、本当に協力してくれるのだろうか?
恥ずかしながら、後者は完全な俺の取り越し苦労でした。
伝え聞くところによると、メインの方々は、率先して自ら手を上げ、チアペーパー配布を手伝ってくれたそうです。
そんなメインの方の思いの強さは、まだかまだかとコレコ開始のタイミングが待ちきれず、入場まで時間があるのにもかかわらず、既にうっすらと縦縞になってしまっていたところにも現れていました。
ゴール裏の入りも、最低限ストライプを実現できるだけの入りはなんとか確保できました。
ホント、この点だけは、今後何回やってもストレスがたまるんだろうなあ。
俺ぁ、毛が抜けちゃうかと思ったよ…。
今この段階で、あらためて、俺の仕事ってなんだったのかと考えると。
皆の背中を押してあげただけだったんだなぁ、って思います。
誰もがやりたいと思っていたコレオグラフィー、誰かがやろうといってくれるのを待っている状態で、たんに俺たちが手をあげただけ。
アタマになる人物は何人かいましたが、それだけで物事を決めるようなことは極力せず、必ず何かの前にはサポミを開催し、皆さんの意見を取り入れ、強制はなしで、自主性にお任せする方向で進めました。
俺は、皆で案を出し合い、どっちにしようか、ここはどうしようか、と検討する段階で「じゃあ、こうしようよ」と自分の好きな選択肢を選んでいっただけ。
こういう点だけじゃなく、プロジェクトをやる上で、いくつか俺のわがままを貫かせてもらいました。
ひとつは、最後まで「コレオグラフィー」という呼び方を貫いたこと。
たとえ何度意味を聞き返されても、たとえ何度いい間違えられても、たとえ何度「わかりづらいから変えろ」といわれても、これだけは絶対に変えたくなかった。
マスゲームとか、人文字(?)とか、ビジュアル応援とかとは、絶対に呼びたくなかったから。
まだなじみの薄かった「コレオグラフィー」という呼称を認知させるのも、目的のひとつでした。
このへんは、俺個人の、つまんないこだわりです。
それと、最後まで徹底的に「青と白」にこだわったこと。
青一色なら、紙さえあれば、なにも苦労はせずにできた。
入り口で配るだけですから。
そこを、青と白にしようとするから苦労する。
でも俺は絶対に、どんなに苦労をしてもいいから、青と白のストライプを、スタンドというキャンバスに描いてみたかった。
でなきゃあコレオグラフィーなんてやる意味すらないと思っていた。
「そんな苦労することか?」って思われるでしょう?
しますよ。
山形のスタジアムのベンチは、独立型じゃなくて横に長いベンチシート。
ひとつのベンチに何人座るか読めない。
それに山形の動員数については、皆さんご存知のとおり。
スカスカのスタンドでやるコレオグラフィーほど、文字通り「間抜け」なものはない。
いろいろと予測や事前準備が必要でした。
ストライプにこだわったことで、第二弾では山形新聞様にも数々のご無理を言ってしましました。
紙の質やデザインにも口をだしちゃって、そのせいで多大なご迷惑もかけてしまいました。
山形新聞様に、この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
それと、多分俺が一番迷惑をかけたのは、第一弾のチアペーパー全部と、第二弾の白いチアペーパーをまるっと提供してくださった大東不動産様。
せっかく作った何千枚という紙を、こんなしょーもない俺の指示で毎回毎回湯水の如く使われてしまって…。
ホントなら、こうしたい、ああしたいというアイデアもあった事と思います。
何度も何度も無理言ってしまって、ホントにすみませんでした。
なにより、こんな俺に最後まで付き合ってくれて、ありがとうございました。
その他の皆さんにも、何度御礼言ってもまだ足りないんじゃないかと思うくらい、お世話になりました。
スタジアムでは俺も精神的肉体的に抜け殻状態で、なかなかいえなくてごめんなさいです。
ホント、皆さんに感謝してます。
こんなしょーもない、統率力も責任感もリーダーシップもない男に、文句いわずに協力してくれてありがとうございました。
俺の、プロジェクト代表(この言い方あまり好きじゃないんだけど、便宜上…)としての俺の最後の仕事。
今回の反省点をまとめてログに残すこと。
これこそが、第一次コレオグラフィープロジェクトの本来の目的。
「コレオグラフィーをやった、という実績を作り、それを後世に伝えること」
まとめるのにはしばらく時間かかるかも知れませんが、もうしばらくお付き合いくださいませ。
これからのコレオグラフィー、いや、それだけじゃなく、モンテディオ山形のサポーターの文化そのものを作り上げていくのは、皆さんです。
頑張りましょう。
そして、これからもよろしくお願いいたします。
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| 第一次コレオグラフィープロジェクト 代表 なー@monstro |
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